母関数を用いた級数の計算例

修士学生の頃,研究室の後輩に次の問題を出されました:

級数 $\dis \red{\sum_{n=0}^\infty \frac{1}{\binom{2n}{n}}}$ を計算せよ.

$\binom{2n}{n}$ は二項係数 ${}_{2n}\Comb_n$ のことです.また $\binom{0}{0}=1$ とします.高校数学っぽいですが見た目以上に手強い問題です.

この記事では,この問題を通して「数列の母関数を使って級数を計算する」一般的な方法を紹介します.微分方程式も登場し,なかなか楽しいです!

級数の計算手順

数列 $\{a_n\}$ に対して,関数 \[ \red{f(z) = \sum_{n=0}^\infty a_n z^n} \] を母関数と言います1.級数 $\sum_{n=0}^\infty a_n$ を直接計算するのが難しい場合でも,母関数を用いれば,以下の手順で間接的に計算できる場合があります:

  1. 数列 $\{a_n\}$ の満たす漸化式を求める
  2. 1 の漸化式を用いて $f(z)$ の満たす方程式を求める
  3. 2 の方程式を解いて $f(z)$ を求め,$z=1$ を代入する

母関数 $f(z)$ を求める方が級数の値 $f(1)$ を求めるより明らかに難しそうなのに,これで上手くいくというのが不思議ですね.

以下では,この手順に従って冒頭の問題を解いてみます.

Step 1: $\{a_n\}$ の満たす漸化式

まず,$a_n = \binom{2n}{n}^{-1} = \frac{n(n-1)\cdots 2\cdot 1}{(2n)(2n-1)\cdots (n+2)(n+1)}$ なので,簡単な手計算で \[ \red{a_{n+1} = \frac{n+1}{2(2n+1)} a_n} \] が分かります.この漸化式がこの後のステップで役に立つことは現時点では分かりませんが,他に漸化式の立て方も思いつかないので,とりあえず先に進むことにします.

Step 2: $f(z)$ の満たす方程式

このステップが山場です.上の漸化式を使うと,\begin{align} \label{deriv} f(z) &= 1 + \sum_{n=0}^\infty a_{n+1} z^{n+1}\\ &= 1 + \frac{1}{2} \sum_{n=0}^\infty \frac{n+1}{2n+1} a_n z^{n+1\notag}\\ &= 1 + \frac{1}{4} \sum_{n=0}^\infty \Big(1+\frac{1}{2n+1}\Big) a_n z^{n+1}\notag\\ &= 1 + \frac{1}{4} \sum_{n=0}^\infty a_n z^{n+1} + \frac{1}{4} \sum_{n=0}^\infty \frac{a_n}{2n+1} z^{n+1}\notag\\ &= 1 + \frac{z}{4}f(z) + \frac{1}{8} \under{\sum_{n=0}^\infty \frac{a_n}{n+\frac{1}{2}} z^{n+1}}\notag \end{align} と変形できます.$f(z)$ の満たす方程式を求めるためには,最後の赤線の項が $f(z)$ を使って表せたら OK です.

そこで次の微分(!)を用いた式を持ち出します: \begin{equation} \label{dif} \bigg(\sum_{n=0}^\infty \frac{a_n}{n+\frac{1}{2}} z^{n\red{+\frac{1}{2}}}\bigg)' = \sum_{n=0}^\infty a_n z^{n-\frac{1}{2}} = z^{-\frac{1}{2}}f(z). \end{equation} 分母の $n+\frac{1}{2}$ を上手く打ち消すように,$z$ の指数を $\frac{1}{2}$ だけズラしたことに注意して下さい.この式は経験がないと少々突飛に見えますが,このように指数を調整してから微分や積分を用いる変形は,母関数の計算でしばしば役立ちます.

式 \eqref{deriv},\eqref{dif} を組み合わせて多少計算すると, $f(z)$ に関して次の微分方程式が得られます!: \[ \red{z(4-z) f'(z) = (z+2)f(z)-2.} \]

今回はたまたま微分方程式が登場しましたが,数列によっては単なる(微分を含まない)方程式になることもあります.

Step 3: 微分方程式を解く

上の微分方程式はいわゆる「一階線形微分方程式」なので,機械的に解けます.
参考: Google 検索「一階線形微分方程式」

計算はかなり重いので省略しますが,この微分方程式の解は \[ \red{ f(z) = \frac{4}{4-z} + \frac{4\sqrt{z}}{(4-z)^{\frac{3}{2}}} \Big( \sin^{-1}\!\Big(\frac{\sqrt{z}}{2}\Big) + C \Big)} \] となります2.$\sin^{-1}(x)$ は $\sin(x)\ $ $(|x| \leq \pi/2)$ の逆関数です.$C$ は定数ですが,$f'(0)=a_1=\frac{1}{2}$ より $C=0$ と分かります3.これで $\{a_n\}$ の母関数 $f(z)$ が求まりました!

最後に $z=1$ を代入して,冒頭の問題の答えは \[ f(1) = \frac{4}{3} + \frac{4}{3\sqrt{3}}\sin^{-1}\!\Big(\frac{1}{2}\Big) = \redunder{\frac{4}{3} + \frac{2\pi}{9\sqrt{3}}} \] となります.二項係数の逆数和に $\pi$ が登場するのは面白いですね!

余談ですが,この問題を Wolfram 大先生に投げてみると,一瞬で答えを返してくれました.流石です.

  1. $f(z)$ は厳密には関数ではなく「形式的冪級数」なんですが,この記事では深入りしません.
  2. 微分方程式を解く際,2 つの積分 $\dis \int \frac{z+2}{z(4-z)}dz$,$\dis \int \frac{\sqrt{4-z}}{z\sqrt{z}}dz$ を計算する必要があります. 前者は部分分数分解で,後者は $z = 4\sin^2 \theta$ という置換で計算できます.
  3. \[ f'(0) = \lim_{z\to +0} \frac{f(z)-f(0)}{z} = \frac{1}{2} + \lim_{z\to +0} \frac{4C}{\sqrt{z}(4-z)^{\frac{3}{2}}} \] で,これが $a_1 = \frac{1}{2}$ に等しいので $C=0$ と分かります. ちなみに,$f(0)=a_0=1$ だけでは $C$ を決めることはできません.
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